kameねえちゃん と saruこぞう

大ボケ

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笑える。
間違いじゃないよ、確かに、うん。nekoかあさんは、◯をあげるよ。
「でも、『数を書きましょう』って書いてあるんだよ。」とsaruこぞう。
あら、ホント。
じゃ、なんで数字にしないのっ#
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# by kumanekokamesaru | 2007-03-08 23:36 | saruこぞう

野生児saruこぞう

「うぉーーーーーーっ!」
たかだか5m先の友人宅めがけて、意味もなく叫びながら走っていたsaruこぞう。
彼は小さいときから、実によく動いた。まるで猿のように。
それでも、小さいながらにちゃんと分別があって、
公共の場でまわりの人に迷惑をかけることはあまりなかったように思う。
全くなかったわけではないが、なんとかやり過ごせる程度だったから、
nekoかあさんは「子連れお断り」の場所以外はどこにでも連れて行った。

産まれた直後は病にばかり見舞われたsaruこぞうだったけれど、
kameねえちゃんの努力によって開拓された「母乳」という食糧を
たいした努力もせずに得たsaruこぞうは、やはりよく太った。
誕生3300g 1ヶ月後4200g 5ヶ月後7.7kg 7ヶ月9.0kg 9ヶ月9.3kg....

しかし、kameねえちゃんより2ヶ月早く母乳にさよならをした彼は、
よく食べ、....よく出した。おむつ替えのたびに黄色い模様、
なんたってkameねえちゃんのときにはそんなことはなかったものだから、
みんな、腸がおかしいんじゃないかと心配したものだ。
男の子にはよくある現象らしい。

今でもよく食べ、よく動き、よく出すsaruこぞうは、健康そのものである。
食べ物の好き嫌いは無いに等しく、何でも食べる。
騙されてゲテモノだって食べそうなくらいだ。

saruこぞうもkameねえちゃんと同じように絵本が大好きだった。
ただ、nekoかあさんよりkameねえちゃんに読んでもらうほうが多かった。
nekoかあさんが読んでやったのは、
kameねえちゃんのときの1000分の1くらいかなぁ。
kameねえちゃんはnekoかあさんと同じように
...もしかするとそれより上手に読んでくれたかもしれない。
だからきっと、saruこぞうは絵本をちゃんと楽しむことができた。

nekoかあさんは、字が早く読めるより、
少しでも長い間、純粋に絵を眺めて欲しいと思っていたから
(kameねえちゃんはさっさと文字の世界に走ってしまって失敗)、
saruこぞうにはあえて字を覚えさせようとしなかったし、
saruこぞうもkameねえちゃんと同じようには字に関心を示さなかったので、
やっと読めるようになったのは、小学校入学間近だった。

なんでもkameねえちゃんより遅かったsaruこぞう。
おむつがはずれるのもkameねえちゃんよりうんと遅かった。
記憶力もkameねえちゃんに比べたら、とんちんかん。
運動量だけはkameねえちゃんよりずば抜けて優れていた。

3才になってまもなくの入園式には紙おむつを着用したものの、
驚いたことに、翌日からピタリとおもらしをしなくなった。
一度だけ、幼稚園になかなかなじめなかった近所の男の子が、
saruこぞうをしっかりとつかんでいたためにトイレに行けず、
お帰りの前の先生のお話が終わって立ち上がったズボンが
濡れてしまっていた以外は。

意外だったのはsaruこぞうが幼稚園に通うのは最初っから平気だったこと。
kameねえちゃんはいつもひとりで平気だったから予想通りだったけれど、
saruこぞうはいつもnekoかあさんから離れると泣いていた。
半日入園のときも、母親の勉強会のときも。
わんわん泣きながら、託児のおばさんに連れて行かれたものだ。
1年と少し通った週に一度の保育園の朝も、最後の最後まで泣いた。
だから、nekoかあさんは、泣かれることをめいっぱい覚悟していたのに、
saruこぞうは入園した途端、おむつ同様、nekoかあさんに平気でさよならをした。

「兄弟同じように育てたのに」ってよく言うけれど、絶対無理。
個体が違うんだもの。
親の方も、最初の子ほどつき合いきれなくて、つい楽な方を選んでしまう。
kameねえちゃんには我慢させたことも、saruこぞうには簡単に許したりして。
そして「下の子」であるsaruこぞうは、世間で言われる通り、要領がいい。
kameねえちゃんよりも少ない努力で、自分を守ってきたような気がする。

ちなみに、「kameねえちゃんと持久走大会」は忘れられない想い出となったが、
saruこぞうのほうは、1年生で無欲の逆転10位でぎりぎり入賞、
2年生で7位、3年生で4位入りを果たした。
一生懸命走り込むkameねえちゃんの横で、
ふざけながら走っていただけのsaruこぞうなのに。

そんなsaruこぞうが今までに一番努力したのは、
9才間近の今年の冬休みの書き初めの宿題だっただろう。
kumaとうさんに叱られながら、何度も泣きながら書き直した、10時間がかりの作品。
習字の稽古に通っている子を退けてクラスで銀賞に選ばれ、その努力は認められた。
「ぼく、泣きながらがんばって良かったよ。」
これを機会にsaruこぞうはkameねえちゃん同様に「努力する人」に...
なんてことはなく、要領よく時を重ねるsaruこぞうなのであった。
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# by kumanekokamesaru | 2007-03-05 22:12 | saruこぞう

努力家kameねえちゃん

kameねえちゃんはマイペースでのんびりやなのだけれど、実は努力の人なのだ。
生後まもなく目も見えぬうちに、彼女の努力人生はスタートしたと思われる。

ミルクは少ししかもらえず母乳の出ぬおっぱいに食いつくこと1ヶ月、
自力で食糧を確保したkameねえちゃんは、みるみる太った。
誕生3380g 1ヶ月後3950g 5ヶ月7.3kg 7ヶ月9.4kg 10ヶ月10.7kg...
1才になる前には楽に食せるものがあることを悟って自ら乳離れ、
プレーンヨーグルトをむさぼり食う日々。

絵本が大好きだったkameねえちゃんは3歳になってまもなく、字も自ら覚えてしまった。
nekoかあさんが内職なんてのを始めて相手をしてくれなかった2ヶ月程、
隠してあったひらがなゲームを見つけて一人遊びの末。
入園直後にクラスメイトに読み聞かせをしていたkameねえちゃん。
お遊戯の発表会だって、家で毎日練習、
kameねえちゃんが間違えるとみんなも間違える。みんなが見るお手本。

そんなkameねえちゃんも、小学1年生になれば周りと大差なし。
それどころか、運動がさかんな校区に変わってkameねえちゃん脱落。
鉄棒が、できない。
できない子がひとりふたり減って、ついにあと2〜3人。
久々にkameねえちゃん、努力、努力の人。努力が実り、
「先生がね、みんなの前で誉めてくれたんだよ。」
絶対できっこないって思ってたんだろうなぁ、先生。
「この人は、努力したんですよ。」わかってくださる先生で良かったなぁ。

この先生が毎日出す宿題、「かきとり」。
kameねえちゃんは、丁寧に丁寧に、1時間もかけて1ページ。
1年生のかきとりは大事、kameねえちゃんは今も丁寧に字を書く。

運動はさっぱりだけれど、読書や勉強は大好きなkameねえちゃん。
kumaとうさんもnekoかあさんも未だに「勉強しなさいっ!」なんて言ったことはない。
気が向いては通信教育の問題集を開いていたりして、
とてもkumaneko家の遺伝子とは思えない。
ただ、kameねえちゃんが学童保育の対象外になって以来、
「さっさと宿題をしなさい!」というのを言われ続けている。
早く続きを知りたくて風呂上がりにパンツ片足で本を続むほどの本好き、
「本ばかり読んでないで!」というのも言われ続けている。
kameねえちゃんは何度も叱られて何度も泣いても、懲りずに繰り返す。
これが努力の源か?

5年生になったkameねえちゃん、またひとつの努力を始める。
持久走大会。
運動不足の太めの体で、2年生以降完走できなくて、毎年ビリ。
人数が少ないから、それでも学年女子中25番なんだけど。
ビリでもいいから完走することを目標に掲げたものの、
どうしても、途中で歩いてしまう。だって、練習しないんだもの。

5年生で一気に距離がのびる。1.5kmが走れなくて、2.3kmが走れるわけない。
毎日少しずつ距離を伸ばして練習、本番前夜、完走!当日も完走!
二学年一緒に走るのだが、いつもダントツビリだったのに
この日は体が弱い6年生と最後を競った。ほぼ同時。
努力が実って走れることがわかったkameねえちゃんは、
翌年の秋、さらに努力を重ねた。
(終了直後から走り続けるという努力はしないところがkameねえちゃん。)

「同学年を一人、抜く!」
5年生のときより早期に練習を始め、
手応えがあるかと思われたkameねえちゃんだが、やはりビリだった。
だけど、一緒に走った5年生が、今年は4〜5人後ろにいた!
ビリだけど、ビリじゃない!
kameねえちゃんが学校に提出した感想文。
「ビリはビリでも、いつもと違う嬉しいビリだった。」

基本的にはノロマで愚図でぐうたらなkameねえちゃんは、
時々思い出したように、なにかしら努力を始めるのである。
次の目標は、なんだろう。
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# by kumanekokamesaru | 2007-01-23 23:26 | kameねえちゃん

Saruこぞう誕生

e0105785_20544123.jpg今から約8年と9ヶ月前、saruこぞうは誕生した。
Kameねえちゃんと同じ病院だったのだけれど、引っ越していたために自宅から歩いて5分という
近さ。今度はkumaとうさんがいないときも歩いて行けるね、と言っていたのに...

明け方5時に目が覚めて、陣痛がいきなり5分間隔で始まり、とてもじゃないけど立ち上がれない(ToT) 
実はちょっと覚え違いがあって、
nekoかあさんの記録によると、Kameねえちゃんのときは7分くらいだった。どっちにしても歩いてはいけそうになかった。今度もkumaとうさんがいて良かった。

それでも、Kameねえちゃんのときには休憩時間があったのに、Saruこぞうは休憩させてくれずに、今にも産まれんばかりの痛さ。5時半に入院し、
先生がスタンバイするために分娩室のドアを開けたと同時に...  出てきてしまった。7時44分、3,300g。

Saruこぞうをとても待ち望んでいたのは、実はKameねえちゃん。
「おねえちゃん」になりたくて、なりたくて。
そんなKameねえちゃんに、看護婦さんが産まれて間もないSaruこぞうを抱っこさせてくれた。Saruこぞうが初めて映ったこの写真を撮ったのは看護婦さん?
nekoかあさんではないはず。kumaとうさんも映っている。
Kameねえちゃんは、病院にくるたびSaruこぞうを抱っこした。
かわいい弟が大・大・だ〜い好きだった。

e0105785_20552440.jpg5日後、本当はnekoかあさんと一緒に退院するはずだったのに、
黄疸治療のために、目隠しをされ、ふんどしでおむつを止められ紫外線を浴びる箱に入れられてしまった。24時間。4年に一度のうるう月。

実は、生まれたときも一苦労だったようで、臍帯が首に2周巻き付いてチアノーゼがひどく、叩かれてやっと泣いた。どうやら、死にものぐるいで「早く出してくれ〜っ!」と騒いでいたらしい。
そして、黄疸治療が終わって退院できるはずが、今度はビタミンK不足とへその異常でもう一日入院。近かったので、nekoかあさんが歩いておっぱいをあげに行けたのは良かった。
こうしてSaruこぞうは、生後8日目にしてやっと我が家へやってきた。
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# by kumanekokamesaru | 2006-12-03 21:53

Kameねえちゃん誕生

今からちょうど12年半前にKameねえちゃんは誕生した。
そのとき、kumaとうさんは病院のベンチで本を読み始めたところだった。
たった今買ってきたチョコレートなんか、食べながら。
だから、その数分後にKameねえちゃんのうぶ声が分娩室から聞こえたとき、
「え? もう ?」と驚いたものだ。
だって、もっともっと時間がかかるものだと思っていたから。
そして、どちらかというと、Kameねえちゃんの誕生よりも
それからnekoかあさんとともに分娩室から出て来る方が時間がかかった。
Kameねえちゃんは、このときからのんびりやだったに違いない。
ぎりぎりまでおなかでのんびりしていて、時間前に大慌てで出てきたのだ。

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# by kumanekokamesaru | 2006-11-30 20:56 | kameねえちゃん



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